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Yokokura Sensei 1

横倉悠人先生

北海道函館生まれ。北星学園大学短期大学部卒業後、北星学園大学文学部を中退し、米国ポートランド州立大学を卒業、秋田県立国際教養大学院修了。来年からロンドン大学教育研究所TESOL修士課程に進学予定。英検1級、IELTS7.5取得。

中1の最初の定期テスト、アルファベットが書けず30点

幼少期から転勤が多くゲーム漬けの人生でした。特別な教育を受けることもなく中1から英語の勉強を始め、最初の英語のテストで30点を取ってしまいました。主な敗因はアルファベットを正確に書けなかったことです。周りから馬鹿にされて塾に通い始め、中学卒業時に英検4級に合格するというレベルでした。英語以外の教科も大した成績は取れず、進学の選択肢は市内にある偏差値50以下の公立高校しかありませんでした。

高校では漠然とイルカのトレーナーになりたいと思い、専門学校への進学を目指しました。ところが夏休みに水族館に話を聞きに行くと、現役のトレーナーさんから「給料安いし本当に覚悟がないならやめたほうがいい」と言われ、素直に受け入れ別の道を探すことにしました。

学校自体が好きではなく勉強のやる気も起きない中、教育実習生から「あなたみたいに学校が嫌いな人が先生になったら面白いと思う」と言われたので、学校の先生を目指してみることにしました。理系でもないし、国語は漢字が苦手で、社会の先生の倍率は高いと知ったので消去法で英語の先生になるしかないと決意したのを覚えています。

英語の先生になるために北星学園大学文学部を志す

北海道で英語の教師を目指すには北星学園大学文学部に行くのが王道だったので、高校の先生に相談しました。すると、僕の高校から文学部に進学した前例はないと言われてしまい、一旦は進学を諦めました。

その後は英語だけを全力で頑張り、英検2級に合格し、推薦制度で北星学園大学短期大学部へ進学しました。短期大学部には大学への編入制度があり、交換留学でアメリカに行くチャンスがあると知ったので、海外に行ってみたいという思いから必死に勉強して3年時に編入を実現しました。

ここから僕の波乱万丈な英語教育人生が幕を開けます。

アメリカ留学後1ヶ月で原因不明の緊急入院、強制帰国からの決意

大学の交換留学制度を使ってアメリカのオレゴン州ポートランドに留学することになったのですが、そこで悲劇が待っていました。9月に留学して1ヶ月が経過した頃、突然パニック発作を起こして原因不明の病気で1週間の緊急入院となってしまったのです。その状態で交換留学を継続することは不可能と判断され、強制帰国を告げられました。

そのときの絶望感と納得のいかない悔しさが忘れられず、何としてでもこの地に戻ってこようと決意し、帰国後に大学を中退してポートランド州立大学の編入に向けて動き出しました。

そこで出逢ったのが世界基準の英語試験IELTSです。留学を実現させるために工場のバイトなどで必死に資金をかき集めながら、ケンブリッジ大学出版のIELTSの公式問題集に取り組み、YouTubeなどで対策をした結果、初受験で編入条件の6.0を取得することができました。

コロナで卒業式は中止、次は日本の教職大学院で修士号取得を決意

留学先では大量の課題に追われ、しがみつくように無我夢中で勉強しました。英語の勉強というよりも英語を使って学ぶことを意識して、知らない英単語は常にメモを取り、飲み会では英語のネイティブスピーカーとたくさん会話をするように徹底しました。このままアメリカに残って現地就職や大学院進学を考え始めていたところに、コロナが直撃し、またも半強制的に帰国せざるを得ませんでした。最終学期はオンライン授業に切り替わり、卒業式も中止となってしまいました。

最後まで成し遂げられない悔しい思いもありましたが、英語教師になる夢を叶えるために、今度は教職大学院である秋田県立国際教養大学院に進学する選択をしました。その際受験してみたIELTSのスコアは対策ゼロで7.5、そして英検1級にも合格することができました。アメリカでの本質的な学びがIELTSの成績アップに繋がると実感し、IELTSは本物の英語力を測ってくれるテストだと実感しました。

次の挑戦は世界の英語教授法資格CELTAと英語の先生になること

教職大学院在籍中は積極的に英語を使って活動しました。秋田県の留学生と共に中高生向けのイングリッシュ・ビレッジ(※)を実施したり、2年時には100名規模のチームをまとめる仕事なども経験しました。この頃から英語ができるようになり活動の幅や付き合う人々が広がっていったと実感しています。

※英語のみを用いるプログラムによって、生徒が英語を身につけられるようにする語学教育

英語教授法を学び、IELTS7.5と英検1級を取得し、自信を持って英語の先生になるぞと意気込んで着任した定時制の北見北斗高等学校で現実を知らされます。授業はオールイングリッシュでと勢いよく"Hello!"と声をかけると、「わからないのが怖い」と教室がパニックになってしまいました。このように、英語が聞こえてくるとパニックになってしまう子や英語自体が大嫌いな子が多く、最初の一週間で自分の役割は英語を教えることではないと気づきました。自分の役割は、一人ひとりに寄り添い、リハビリとしての英語教育を施すことだと痛感したのです。アルファベットもbe動詞もわからない生徒向けの教材を自作したり、放課後などの時間で個別指導も行いました。それ以外にも、まずは生徒を知ろうと信頼関係の構築から始めました。

そして最初のボーナスを使ってケンブリッジ英語教授法資格CELTAを取得し、CELTAで教わったCCQ(Concept-checking question)やICQ (Instruction-checking question)を授業に取り入れながら、なるべく生徒が自発的に発話ができる英語教育を実現させてきました。最初はパニックや英語嫌いを訴えていた生徒も「いつの間にか単語を覚えていた」と言ってくれたり、修学旅行で外国の方と英語でやりとりができて自信につながったりと、徐々に効果を実感しています。

世界教育大学ランキング1位のロンドン大学に合格

昨年結婚した妻と夏休みにイギリスのロンドンへ旅行に行きました。「日本に帰りたくない」という妻の声に、僕はそんな選択肢もあるのかと考えさせられ、2人でイギリスに住むことを新たな目標にしました。寿司職人である妻は英語が全く話せませんが、ロンドンで寿司職人のニーズがあり、2人とも20代だったのでYouth Mobility Schemeビザ(就労や修学にほぼ制限がなくイギリスに2年間住めるビザ)を取得することができました。

日本で英語の教師になるために通った国際教養大学は素晴らしい環境でしたが、さらに上のアカデミアの世界を見てみたいという気持ちもありました。ここまで波乱万丈な人生を送ってきたので、どうせなら世界一の教育大学院であるロンドン大学教育研究所(University College London, Institute of Education)を目指すことにしました。大学の成績とIELTS7.5のお陰でロンドン大学からオファーをいただいたので、今度はロンドンに移住して進学します。

地元北海道で英語教育ベンチャー企業立ち上げたい

これからまだまだ新しい挑戦が待っていますが、最終的には地元北海道で英語教育のベンチャー企業を立ち上げて、ずっと目標にしている「英語を通じて少しだけ他人を豊かにすること」を実現していきたいです。この夢を40歳までに実現するために、今はオンライン英語学習プログラムの教材開発に関わったり、日々の業務を通じて教員としてのスキルを上げたり、常に自分を高め、学び続けていきたいと考えております。

IELTSを受験する先生にメッセージ

IELTS対策をする中で「あれもできない」「これもできない」と自信を喪失する場面があるかと思います。しかし、これこそが英語が伸びなくて悩む生徒の気持ちなんだろうなと感じ、教員として謙虚な気持ちになれます。また、IELTSはテストのデザインも問題も考え抜かれて作られているため、個人的には試験システム自体の勉強にもなりました。私は今後、IELTS8.0を目標に、年に1回はIELTSを受ける予定です。そうすることで、TeacherであるまえにLearnerである自覚を忘れずにいたいです。私の波瀾万丈な人生の節目にはIELTSがあり、その度に私を成長させてくれたテストがIELTSです。受験料は高いですがそれ以上の価値が必ずあります。